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北海道新聞 ・天辰保文の音楽アラカルト (09-18-2020)

表題作「ストーリーズ」は、甥っ子や姪っ子たちが新しい世界を築いていくように、そんな願いを託して書いたそうだ。平成最後の夜に書き始め、翌朝の、令和最初の朝にできた。つまり、二つの時代を跨いでの完成となったわけだ。文字通り、一つの物語が生まれた瞬間だった。

​だからと言って、ドラマチックを装っているわけではない。自然だが心のこもった歌声と、アコースティックギターが、お互いに呼吸を整えるように響きあいながら、物語を紡いでいく。そこに、ハーモニカが表情を豊かにもたらしながら寄り添う。

​吉村瞳は、その歌声に加え、ギターも評判のシンガー・ソングライターだ。古いブルースの奏法から生まれたとされるスライドギターを得意とし、その弾き語りで歌を紡ぐ。それも、気負わず、かしこまらず、洗いざらしのシャツの肌触りのような歌を。特に、年間100回を超えるライブで、着々と注目の輪を広げてきた。

そのライブではジョニ・ミッチェルからボブ・ディランまで、自作曲に尊敬する先達のカバーも交える。新作アルバムでもボーナス・トラックにビル・ウィザースの「リーン・オン・ミー」を金子マリと一緒に歌った。他にも桑名晴子、細井豊、駒沢裕城など日本ロックやブルース、フォークを長く支えてきた人たちが温かく囲む。

彼女の歌や演奏を手のひらに載っけると、心地のよい重みが感じられるのは、国内外を問わず、こうした先達への敬意や愛情を忘れず、彼らの息遺いさえもが共に聞こえるからだろう。優しい表情に、未来を担う子供たちへの思いをのぞかせたりもする。

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​毎日新聞 ・楽庫 - 北村和哉(09-05-2020)

岐路とか節目とか、その分岐点に立つ人を傍観者の立場で眺めることはとてもワクワクする。

シンガー・ソングライターで、ラップスティールギタリストの吉村瞳は今、ミュージシャンとしてのその別れ道にいる(いた)。米ルーツミュージックに端を発したはじめてのCD発表から8年、彼女はこの1年ほどで顔を上げ観客と対話するように歌うようになった。そしてCD3枚分に相当するオリジナル作品を書き下ろし、そのなかから新作『ストーリーズ』を送り出す。

ミュージシャンとしてどの地点にいるか? そのキャリアを知らなくても作品やパフォーマンスに接すればすぐに理解できる。音楽から放たれるエネルギー、なにかが爆発したような熱風が吹きつけてくる。身体の一番深いところから吹き出すように作られたCDは、彼女と親子ほども年が離れた金子マリ、桑名晴子、細井豊、駒沢裕城、松田ari幸一ら総勢19人のミュージシャンがその威勢に加担した。吉村のソウルフルなボーカルとストリングスカルテットだけの録音曲や、ペダルスティールやハーモニカだけのもの。アメリカ音楽のグルーヴを残しながらも豊な音楽性と実験的な試みで小宇宙がいくつも点在する作品となった。

レコーディングは新型コロナウィルスによる緊急事態宣言により一時中断を余儀なくされたが「自分の歌が諸先輩方の演奏によって肉付けされ、自粛期間に熟成していく。そんな気分だった」と吉村は回想する。家の中にいてもずっと金子の声が聞こえ、細井のハモンドオルガンが耳から離れなかった。それで「また新しい歌ができました」と笑う。

年間100を超えるライブを繰り返し、それでいてライブごとに演奏曲目を入れ替える。レパートリーは200曲を超え、ギターの演奏技術にも定評を持つ。しかしながらその名前は一部の熱狂的なファンにのみ知られている存在だった。吉村は国内のミュージシャンとしてはまれな表現者で、演奏スタイルもめずらしい。だがこのアルバムは、おそらくそんな彼女のことをより多くの人に知らしめることのできるポピュラリティーのある内容でもある。ジャケット写真もジェイムス・テーラーやイーグルス、ジャクソン・ブラウンなどのアルバムを手がけてきたヘンリー・ディルツが撮り下ろした。多くのロックファンが憧れたアルバムジャケットの中の一つに吉村瞳の『ストーリーズ』は加えられた。

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プレイヤーマガジン (2020

アコースティック・タイプのラップ・スティール・ギタリスト、シンガー・ソングライター吉村瞳の3作目『ストーリーズ』が発表された。金子マリ、桑名晴子、細井豊(センチメンタルシティロマンス)、駒沢裕城(はちみつぱい他)など、総勢19名のゲストミュージシャンを迎えての大作である。

年間100を超えるライブを繰り返し、レパートリーもカヴァー曲を含めると200曲を超える。ライブ毎にセットリストを大幅に入れ替え、並外れた表現力を持つ吉村のライブ・パフォーマンスは唯一無二といってもいい。しかし圧倒的な破壊力を持ちながらも、彼女の名前が浸透していなかったのはその気弱さと指板を確認しながらの演奏が必須のスティール・ギターがウィークポイントとなっていた。観客に向かって歌を伝えることのできないこのスタイルは顔を上げるとミストーンをさそう。2012年に最初のアルバムを発表してから5年を経て2作目。その間に2枚のライブ作品。この間の彼女はずっとそのジレンマのなかでもがき苦しんでいた。

そんな彼女のなかで「何か」がはじけた。

​ミストーンを恐れずに観客と顔を合わせて歌うようになるとオリジナル曲が湧き出てきた。それまで積み上げてきたものが大きな自信になったかのように、次々と新しい歌が生まれ、しかし歌詞は日々、書き換えられる。本人はそれを「熟成」と呼んでいる。彼女にとっては今夏に発表した『ストーリーズ』はもう古いのかもしれない。ネイティヴ・アメリカン、ブルース、アイリッシュ、アーシーなロックンロールなどをルーツにもつ吉村瞳の音楽は多岐にわたり、それらを巻き込み、今の時代とかき混ぜているような印象がある。まるで台風のようで、その目は発生しては突き進んでいく。そのスピードは極めて早く、油断をすると見えなくなってしまうほどだ。

ギターマガジン (2020

ラップ・スティールで弾き語りを行うSSWの3作目。(収録曲)「the juggle of the jangle」で魅せる小節を大きくとらえたスライドが心地良い。一方で、ミドル・ナンバー「こぼれ落ちた光」の間奏ではしっとりと歌い上げるようなソロも飛び出す。特に後者は独自の道を行く彼女だからこそ出せるフレージングだろう。

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